今日は、
午後から、町にある老人福祉施設 さくら苑の1階と、3階の二か所に本の整理&入れ替えに行ってきました。
本を並び替えていたら、文庫の本でない、宮部みゆきさんの「理由」発見
読みたかったのだ
ちょうど、職員の友達が通りかかったので借りれた。
今まで、おはなし会は、別で行かせてもらっていたのだけど、
おはなし会となると、集まってくださるのが大変なので、
それだけのものを、となるとなかなか人数が集まらなく、
かと言って、
せっかく行かせてもらっているのに、何の接触もなしに帰るのは淋しいので、
先月から、大型絵本を持って行って、
テレビを見たり、椅子に座っている人たちの中で、気が向いて聞いてもらえたら、うれしい、
くらいの気持ちで、各階で絵本を何冊か読ませてもらう事にした。
職員さんが通りかかると、その場に居る人を見やすい位置に変えてあげてくださったりして、気楽で、なかなか楽しい。
今日は、一人で行ってたのだけど、思い切って声をかけて読み始める。
大型絵本「ひさの星」と、福音のどきどきしぜん絵本「ありからみれば」
「ありからみれば」は、虫がいっぱい出てくるので話しかけながら、
それを元に会話はできる。
「ひさの星」は、結構長いからどうかな、と思ったけど、
「かわいそうやなぁ」って言ってくださる方がいたりした。
3階は、最初は、マンツーマンで読んでたので、虫から、生まれた土地の話や、学校の話、ご両親の事、いろいろ聞かせてもらった。
一階は、職員さんが、どんどん見やすい位置に向きを変えてあげてくださったので、もう一冊「にゃーんといったのだあれ」も読む。
テレビを見ていたり、
何するでなく座っている、いつもと同じ時間の中で、
ほんのひと時でも、
違う人と話したり、
誰かが来て何かを読んでた、
ってだけでもいい。
ひと時でも、いつもと違う時間になればいいなぁ、と思う。
帰りは、さくら苑の近くに住んでおられる、
5年前、ふれあい郵便(町の80歳以上の一人暮らしの方に、月に一度出す手紙)を書かせてもらっていたおばぁちゃんの所に寄らせてもらうのがいつものコース。
ふれあい郵便は、ゆーが生まれる前から書かせてもらっているけれど、
たいていは、一方通行で、お返事が来る事は稀。
その中で、このおばぁちゃんは、唯一、書く度お返事を下さった方で、
約束の一年が過ぎた後も、そのままハガキで文通させてもらっていて、
二年ほど前から、時々顏を見に行くようになって、
行く度、
ほんとのおばぁちゃんちに行ったみたいに、お茶やお菓子よばれて、
散々しゃべって、
一緒に畑行っては野菜をいただいて帰るという
行く日をハガキ出す時お知らせしておいて、
「こんにちは~」って家に行くと、
「ゆかちゃんけ」
と、中から声がして、
それが、
山田のおばぁちゃんや
樫尾のおばぁちゃんが呼んでくれてた言い方に似ていて、
たまらなくうれしくなるのでした。
私の住んでる所は、あまり行った事がないそうで、
今度案内します、
ってとこから
今度は、一緒に津風呂湖に行こうって約束して、
朝から採ってきてくれた豆と、子どもの数分おせんべいもらって帰ってきました。
今日は、
友達が大阪からリラクセーションを受けに来てくれました
友曰く、
「わざわざ、おかぁのマッサージ受けにきゃんでも、大阪にいっぱいあるやろ
」
ほんとに。
休みの日に、吉野くんだりまで来てくれて
お土産までもらっちゃって
普段はMIXIでつながってるけど、
逢うのは二年ぶり。
なのに、
いつも逢ってるよな感覚で、
話の尽きることのない、うれしい時間でした。
友達の、第一声は「大人になったなぁ」(笑)
そなの、
私、最近、
雰囲気が変わった、
とか、大人になったと、よく言われるのよん
かと思えば、
父の日に実家に帰った時、
母に
「子どもみたいな顔して」と、言われましたが(笑)
何年か前の自分とは、違うとらえ方ができるようになった自分を感じてはいるけれど、
その変化って、自分ではよくわからないから、
相手の目に映っている自分の姿って、不思議。
というわけで、
ぜひ、大人な私に逢いに来てやってください

今日は、
お風呂のタイルと天井の掃除もできたし、
お天気もよく
出してきた夏布団も干せて、すっきり。
気になってた畑も少しいじれたし、
何より、大豆を植えようと思ってる場所を、
一部分だけどやっと整えて、種を蒔けた。
今年は、
どれだけ早起きしても、時間を作っても、
カンナさんが理由でもなく、
なぜか
田畑まで行きつかないのだぁ…
ベストタイムなご飯食べてから日が暮れるまでの間も、
送り迎で終わってしまう今日この頃。
土いじりは、やっぱり楽しいなぁ
家に戻って、カンナさんと遊んでいたら、
薄暗くなった空が、見る間に赤く染まってきて、
とってもきれいだった。
方や、反対側の空には、
ぽっかり月が出ていて
真っ赤に染まった空の向こうにある、
夜を思った。
カンナさんが夜鳴きしてた頃、
夜が明けるのを見ながらも思ったけど、
暮れたり、
明けたりする時って、同じような暗さや赤さを通る気がしたんだ。
読みたい本が、
あちこちに山盛りです
。
「きのう何食べた?」のよしながふみさんつながりで教えてもらった、「大奥」は、
柴咲コウや二宮和也で映画化されてるんだけど、
http://ohoku.jp/
このマンガは、とってもおもしろかった!!!
読みかけの本、ほっといて、
一気に5巻読んでしまった。
巻を重ねるごとに、
ありえない話でないように思えてくるから不思議。
天山のソニンが、最終巻5巻まで出ました。
3巻で止まってます、、
佐藤多佳子さんの「夏から夏へ」
これまた、おもしろいと教えてもらった
フンケの「魔法の言葉」「魔法の文字」
フンケつながりで「どろぼうの神さま」
おもしろい物書くと聞いた、お初の宮部みゆき作品
「楽園」上・下
掃除がスポーツ競技と言う「コロヨシ」
あぁ、
あっちにも、こっちにも本だらけ。
今、読んでるのは、
カドカワ銀のさじシリーズから、廣嶋玲子さんの「送り人の娘」
文句なしに、おもしろいです。
廣嶋玲子さんは、はんぴらりとかも、おもしろいんだってー。
今日の新聞のコラムで読んだ”仕合わせ”という言葉。
私たちが一般に使ってる「幸せ」という文字は、かつては、「仕合わせ」と書かれてたんだってね、
相手に仕合わす
と言う意味で、仕合わせ。
いい言葉だなぁ

日曜日、
カンナさんが家に来て、初めて里帰りしました。
近所なので、すぐに帰れる距離なのですが、
里心がついたらかわいそうかと、なかなか寄れずにいました。
づっと、逢わせてやりたかったのです。
たまに、散歩の途中でおかぁさん犬の姿を見かけても、
「ワン
」と、鳴かれて、
しっぽを丸めて全速力で家まで逃げ帰る、
という感じだったので、すこし心配しましたが、
近寄ると、カンナさんはおっぱいを探し(もう飲まなかったけど)
おかぁさんは、「クーン クーン」とお尻なめてやったりして、
さすが親子、と言う感じ。
兄姉とは、すぐにだんごになって、3匹で飽きることなく、遊んでました。
もう、大、大、大興奮だったので、
家に帰ったら、また最初みたいに淋しがるかなぁ、
と思っていたら、
遊び疲れて爆睡でした。(兄姉も同じだったとか)
草っぱらが大好きで、
ちょうちょ追いかけたり、
雨上がりの草っぱらで、顔にいっぱいしずくつけて?って顏してたり、
飽きるまで葉っぱや枝で遊んで、
風を感じて、
見てるのがおもしろくって、
感じる風が楽しくって、
同じような時間を、子ども達が小さい時過ごしていたこと、思い出す。
お昼から、
久しぶりのレッスンも用事もない日曜だったので、
父の日に合わせて、実家に行きました。
帰ると、
父がはさみを持って待ち構えていて、
耳にかかった髪の毛を切ってくれ、と。
父は、腰の痛みは一時のような痛さはないものの、すっきりでもなく、
こちょこちょ動けるようになってるようなのですが、
母にしたら余計なことも多いようで、
最近は、いつ電話しても父の事を怒ってます(笑)
んなわけで、
ゆかに切ってもろたらええやん
と、なった模様。。。
切ってる間も、なんじゃかんじゃ言いあってて、笑えた。
結局、手の足りないところを母も手伝ってくれてたりして、
なんか、うれしい時間だった。
兄も、気になるのかうろうろ用もないのにやってくるのに、
口下手なとこがまた、父にそっくりで、
笑えた。
吉野の父の引き出しに入ってる財布がぼろぼろだったので、
父の日にプレゼントしたら、
去年も、同じ事思って財布をプレゼントしたらしく、新品の財布が二つに
ばっちゃんが、引き出し開けると、
今年あげた財布も箱から出してくれてあった。
そんな風に、時間を重ねている今日この頃、
仕事場では、特注で、松の木で、木の門を作り始めています。
この松の木が、
日本製のものは、ヤニが年輪にもしみててすごいの!
なのに、外材の松は、
色も檜みたいに白くて、ヤニもほとんどないのです!!
不思議。
写真1:カンナさん、ドラえもんと寝るの巻
写真2:松の木比べの巻
写真3:カンナさん、土を掘ってこそどろのような鼻になるの巻
寝る前と、普段に読んでいた
「神去なあなあ日常」三浦しをん(徳間書店)
「四十九日のレシピ」伊吹有喜(ポプラ社)
を読み終えました。
■「神去なあなあ日常」は
2010年 本屋大賞ノミネート作品で、
かの宮崎駿さんに
「ぼくのおすすめ」
と、言わせしめた作品で、
これはおもしろい、映画になるぞ、
実写版かな、アニメーションかな、
いやいや、映像化しない方がいい、
やっぱりおもしろい、
アニメかな、実写かな、
実写だったら自分には無理だな、などと思いつつ満足して読んだ、
という帯の言葉で、これは読むしかない!と。
奈良と三重の県境にある山奥の村が舞台で、
高卒でしばらくフリーターをしようと思っていた勇気は、学校の先生と親たちによって、林業の研修生として送りこまれます。
携帯の電波も届かない、
若者もいない、遊ぶ所も、何もない、
ないないづくしの神去村での林業を通した日常、
個性的な村の人々
”なあなあ”
と言う言葉が何ともいい!!
田舎の人って、ほんとに”なあなあ”みたいな意味を持たない言葉で、なんでもすませれるんだよね。
下手したら、固有名詞を上げなくても、通じますから(笑)
そんなわけで、読むのもゆるーく、寝る前になあなあ読んでました。
読後感がとっても爽やかです。
ほんとに、映像化して欲しいかも
■「四十九日のレシピ」
これまた、新聞広告で何度となく目にしていたけれど、
ちょうど、
いのちについて考えていた時、本屋さんで見つけて、
わたしがいなくなっても
あなたが明日を
生きていけるように。
(大切な人を亡くしたひとつの家族が、再生に向かうまでの四十九日間)
って帯の言葉が決め手で、これも、読むしかない!!と、
多分、あの時期じゃなければ、絶対手にとってないと思う一冊。
これが、
よいのです。
家族を包むあたたかな奇跡に、涙があふれる感動の物語、
と、ありますが、
思うつぼに泣きました。
故人が愛した風景や、知らなかった一面、人に出逢っていくうち、
悲しみにくれていた日々が、どたばたとまわり始め、
もっと早く一緒に来て、もっと一緒に楽しめばよかった、
なんて言う、何気ない一言にほろり泣いて、
故人たっての希望の四十九日の法要大宴会あたりは、
だーだー泣きました。
悲しくてとか、やりきれなくて、とか言う感情でなく、
思う存分泣きたくなって。
泣かせてくれる本って、アル意味、ありがたい。
ある場面で、
”テイクオフ・ボード”
という言葉が出てきます。
体調に波があって、動けない日のあるその人は、
自身がテイクオフ・ボードする仕事を引退してしばらくは、
働けない自分が情けなくて仕方がなかったけれど、
生きている、生活をする、
気にかけることがあり、気にかけてくれる人がいる。
それだけで人は、誰かを飛ばし、飛ばしてもらい、一緒に進んでいける気がします。
それは、無数の匿名のテイクオフ・ボードだから
という一節があって、
さらりと、
会話の中で出てくる言葉だからこそ、
力があると思った。
思う存分、泣いてください。