2010/1/30 土曜日

お菓子な気分。

カテゴリー: 暮し, 今日のおやつ — yu-ka @ 19:20

昨日は、とってもお菓子を作りたい気分で、
前の晩から、作りたいものは決めてあったので、ご飯の下準備をしながら作ったのが、

『バナナキャラメルマフィン』と『キャラメルくるみビスケット』

要は、キャラメルを使ったものが食べたかったのでした。あっかんべー

手間だと思っていたら、よく読んだら簡単にキャラメルって作れるようなので、
ちょうど冷蔵庫にあった生クリームで作ってみると、、まさしくキャラメルの味目がハート

鍋に残ったものを牛乳でのばしてみれば、力がへろへろって抜けてくよなおいしさでした。

『キャラメルくるみビスケット』は、
砂糖を計って置いてあったのに、入れるのを忘れて、
なんか生地がゆるいなぁ、と冷蔵庫で寝かせて片付けようとして気づいたという。。。

生地を味見してくると、バターの甘味が十分効いていたので、そのまま焼くことに、
ころころ生地を丸めて、荒糖の砂糖なのでそれをまぶして焼いてみたら、
これがいけた。
砂糖は、これで十分じゃなかろうか、と思うほど。

自営の我が家では、7人家族中、5人が家で仕事してくれているので、
常にご飯を作っている感じです(笑)

子どもが小さい頃は、起きている間に外でいっぱい遊びたかったので、
昼寝している間にご飯の準備をしていました。

買い物以外、外出することは滅多になかったけれど、
子育てやご飯つくりに追われる生活の息抜きが、お菓子やパン作りでした。

実家も商売をしていた私は、
お菓子屋だったこともあって、”手作りのお菓子”と言うものを食べた記憶がありません。

忙しいのと、商店街で便利なこともあって、なんでもあったので、節分の手巻き寿司、コロッケやから揚げなどは、自分で作るようになるまで買ったものしか食べたことがありません。

だから、こうして作ることのできるのがうれしくてしかたがないです。

家の仕事をしてくれている友きちは、ご飯だけが楽しみのようで、
一食終わると、次の献立を聞きにくる(笑)

部活から帰ってきたちーが、
外歩いてたらにおいがしてた~

と、台所に直行してくる。

ご飯を作るように、
お菓子やパンを作りたい。

2010/1/29 金曜日

昨日と違う今日の私。

カテゴリー: 暮し — yu-ka @ 19:19

今日は、また気持ちのいい陽射し。

お正月の花についてた梅や松を、付くか付かないかわからないけど畑に挿し木した、
買ったねぎの根っこを土に植えていると、まだ冷たい風が頬をなでる。

その冷たさが妙に心地いい。

昨日、新しい生徒さんにフットの実技の練習をさせてもらった。

ここ二ヶ月ほど、ちょこちょこっとかうちゃんの身体を整えるくらいで、一時間通しの施術って久しぶりだったので内心ドキドキだったのだけど、

順番とか、そういうのは飛ばして後回しにしてしまったりしてても、
何かが今までと違った。

私が感じただけでなく、傍で見ててもそう感じたらしいから、やっぱり違ったんだろう。

最初のテストを受ける時、
『終わったら、何かが変わっています』って先生が言ったんだけど、
その意味をしみじみ。

受けたから、何かをしたから突然変わるのでなく、
それまで積み重ねた日々や時間が、終わることによって何かしら形になり、附に落ちる。

目には見えないけれど、自分の中に感じる何か、
それが、目に見えないところで私を変えていく。

こうして、人は変化を続けていくんだろうなぁ。

理論の勉強を重ねる中で、レイキのマスターを目指そう、
って思いがすっきりとこみ上げてきました。

実は、私、自分の中でレイキが腑に落ちなくなった時期があって、
ティーチャ―になるにも何年もかけていて、
マスターって言うのは封印に等しい思いに関らず。

マスターになると、特別な事ができるようになるとかじゃなく、
そこに向かうまでの時間が、そこでの時間がまた、私を変化させてくれる。

日常の出来事も、
起こる事も、

誰かと、何かを作っていく時間も、
それが誰かを変える、とか、何かの為にとか、
そういうこっちが与えるために重ねているのでなく、
同じように、そこに向かうまでの時間が、私の中に目には見えない何かを残してくれる。

目に見えないものは、ほんとうに目に見えないんだけれど、
ある日、ばーんと目の前を変えてくれる。

五日市剛さんの日めくりに

『しあわせっていうのはね、
嫌いだった人のことを
好きになって
チュ―してあげること』

ってあるのだけど、
これを最初に読んだ時、『それはできへんわーげっそり』って思う人がいたの。

毎月、同じ日になるとそう思いながら読んでいた言葉なのに、
いつの月だったか、
嫌いな人がいなくなってる自分に気づいたの。

その人が言うことに対して、
今までと違う反応や感情が湧き上がるようになってきた自分に。

そんな風に、
誰もが、
今日は、昨日とは違うんだろう。

実家の母に久しぶりに電話したら、先週の土曜日、電車で寄って返ったゆーやんが、
『おにぃちゃんは家にいとけるけど、僕とちーは家にづっと居てられへんねん』って言うので、
そんなこと今から思ってると思うと可愛そうになってきてん、と。

口に出したこともないのに、感じてる事ってあるんだね、
ちーやんは『嫁にはいかん』、って言ってるけど(笑)

ほんとに、こうして家族が揃って過ごせる毎日って言うのは、
一日、一日いつかのその日に向かってる

積み重ねれる日々のあるしあわせ、
失ってからでなく、それまでいっぱい味わっておくんだ。

2010/1/28 木曜日

もや。

カテゴリー: 暮し — yu-ka @ 19:17

20100128.jpg雲ひとつなかった昨日の空と打って変わって、今日は雨。

これだけ表情が変わるのも、すごいなぁ。

雨の日は、前の山にもやがかかります、
このもやのかかった景色がまた、大好きなのです。
雨の日の楽しみ。

バニラアイスにかけてるCMを見て、
あまりにおいしそうだったので、飲めないくせに買ってしまった♪とろりんちょ 黒糖梅酒。

バニラアイスも揃ったので、昨夜、とろりんちょしてみました。

こ・れ・が

おいすぃ~~~~~目がハート

ラムレーズンの味なの!!
それもそのはず、裏を見てみたら、リキュールってなってて、ラム酒も入ってました。
正真正銘の梅酒の味なのに、アイスにかけるとラムレーズン。。。
発見した人も、さぞかしテンション上がったろうなぁグッド(上向き矢印)

紅茶にほんの少し入れただけで、真っ赤な顔になる私でも、
これはだいじょうぶ。

もう、もう、大感激の味。
ぜひぜひ、お試しあれ~ハート達(複数ハート)

朝から、水道屋さんが来てくれてました。

づっと、年上だと思っていたのですが、世間話していたら、同年代なことがわかって、
尋ねてみたら、私よりもひとつ年下だった。

かうちゃんより、年上だと思ってた~~~
そうか、かうちゃんって、若く見えるのね…

高校野球のおにぃちゃんの年齢も、いつしか子どもより年下になって、
仕事師さんなんて、ものすごく年上だと思ってたのが、同年代に、

精神年齢って上がってかないのね、
どの年代の人も、もしかしたら同じように感じてたりしてウインク

長生きする秘訣は、って聞かれると、
『わくわくすること』、なんて答える気持ちの若い方もいらっしゃるもんね、

だから長生きなんだろなぁ。

2010/1/22 金曜日

利休鍋。

カテゴリー: 暮し — yu-ka @ 19:16

昨日、ソロプチミストさんからいただいている助成の進呈式&お食事会&おはなし会に呼んでいただいて、吉野山の竹林院に行ってきました。

ここは、前町長さんのお宅なのですが、吉野山の老舗旅館で、
群芳園という、すばらしいお庭があるのです。

約一万坪の広さを持つお庭は、豊臣秀吉の花見に際して千利休が築造し、
細川幽斎が改修したお庭として有名なのですが、とっても美しいです。
お庭の域を脱してます。。。

およばれしたお料理の中に、利休鍋がありました。
葛や生姜入りのだしで鶏肉や野菜を炊いた鍋物なのですが、だしとしょうがと葛だけのおだしなのに、ものすごくいいだしが出るのです。

最後に、ごはんの上からおだしをかけて、汁かけご飯のようにして食べたのですが、
これがおいしかった泣き顔

生姜って、やっぱ、ぬくもるね~。

あまりにおいしかったので、昨日の夜は同じようなお鍋を作ってみました。
今日の夜は、残ったごはんでおじやに。

さらに生姜を足したので、汗かきそうでした。

それにしても、豊臣秀吉が今から400年ほども前の不便な時代に、
吉野山の桜を見に来ていたことがすごいよね!!

そこまでしても、見る価値のある桜だったんだろうなぁ、

昨日、テーブルにご一緒させていただいた方が仰られてました。

吉野山の桜、桜って言うから、どこの桜でも同じなのに、
と思ってましたが、本当に違うのですね、
見上げる桜でなく、上から見る桜を初めて見ました。

と、吉野に行ってきた友人が驚いてました、と。

ほんと、そうです。

竹林の奥さんは、どこに桜があるのですか?
と、尋ねられたことがあるとか。

山全てが桜だからねー

吉野に住んでいても、
吉野山から見る景色と言うのは、また別格。

景色から、歴史や空気を感じるのだー
鞍馬で見る景色にとっても似てます。

いいとこだらけ!!!!

ちなみに私は、奥千本にある水分神社が大、大、大好きです。

でも、吉野は、吉野山だけじゃないんだよー

どこの地域に行っても歴史や文化が深いです、
もちろん、私の住む色生も。

昔は近所に真っ赤な太鼓橋がかかっていました。
田んぼや畑に来た人達が、そこで休憩したり、雨宿りしたんだって。

それを見て北原白秋が

<春雨不尽>として
<春雨のけなるき降りや屋根坐して雫垂りなる宇陀の鞘橋>(『牡丹の木』)と詠った句碑が、氏神さんの下に立っています。

何ってないけど、いいとこなんだよ~ハート達(複数ハート)

2010/1/21 木曜日

雨上がり。

カテゴリー: 暮し — yu-ka @ 18:46

お宮さんに行くと、
木々からぽった、ぽったと音がして、
晴れた日とは又違う、静かな中にもいのちの歌が聞こえてくるような朝だった。

家族が多い我が家では、
誰かが起きてきた時点で、テレビの音が聞こえはじめて、静けさとは無縁になる。

『もー』とか、『なんでー』などと心が揺れ動く回数も一気に増える、

だから、
自分に嘘のないように過ごそう、って思ってる。

してあげたいと思ってしたこと、
よろこぶかな、とやってみたこと、
会話の中、

それは、誰かがどうでなく、どんな反応であっても、
自分がよろこべるかどうか。

よろこべないこと、無理のあることは、
自分が納得していない限り、しない、受けない。

誰が見てなくても、言わなくても、自分は見ているし、知っているから、
絶対嘘がつけない。

嘘があることは、苦しくなる。

理不尽に感じても、
傷つくことであっても、

そのまま受け取って味わいつくしていたら、
痛みだと思っていたことに癒される瞬間がくる。

結果が出なくて無駄に思えることも、
いくら誠意を届けても伝わらないことも、

そうしようと決めた自分を、自分は知ってるから、
同じ事をやりつづけてることが大事だと思ってる。

それがどこにつながろうが、つながらまいが、
自分がうれしい。

ただただ、うれしい。

それが『癒し』な気がしてる。