でも、窓越しに見るひざしに、春を待つうれしさみたいなものを感じる。
今頃の寒さが一番好き。
鼻がつーんとするよな
ぴーんと空気の張り詰めた朝が好き。
空気が澄んで、夕焼け空もきれいかった。
今日は、切りこみで誰もいなかったので、家の中も静かで
田舎の家は、誰もいなくても風が吹いたりする加減で、家の中でぎしぎし音がする。
音のない世界なんだけど、いろんな音が聞こえてくる
ストーブ上でパンを焼いて、好きなもののっけて食べる、
あぁ、至福。
最近、ちーやんの口から学校が楽しくて仕方がない、とよく聞く。
早く、明日にならへんかなぁ、って。
半年ほど前まで、学校が苦痛で
「学校楽しい?」って聞かれると「楽しくな~い」と、答えていたちーやんが。
って、よく考えたら
私がどこにいても楽しい、と思い始めたのとシンクロしてる
ほんと、鏡だよなぁ。
うさと展でのうれしい時間から、あらたに身体と心が一致して腑に落ちてきたことがいくつもある。
そして気付いた、
うれしくてたまらない時間をいろんな人と紡ぐ度、だんだんそんな時間が日常と重なってきていること。
べっこのものではなく、一つなのだということ。
自分のチャンネルがどこを映しているか
何度も、何度も重ねることで、育ちあい、深め合ってきてたことの大きさを思う。
もっと、もっとそこから育ちあいたいと思う。
同じことを、日常のいろんな場面でも重ねていけばいいこと
知らず知らずに、身体にその感覚が身についていっていること
六ヶ所村ラプソディ観ながら、同じような事を思った。
一度観て終わりじゃなく、電気を使うのが悪いとかでなく
じゃあ、次の時は、周りにも声かけて一人でも多く知ってもらおう、
資源の使い方について振り返ってみよう、
とか、自分にできることを、ひとりひとりが積み重ねて
何度も、何度もみんなで深めて、つなげていけたらいい。
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春、
また、有里さんに逢えることになりました。
まだ、日や詳しい事は決まっていませんが、吉野でのコンサートは決まりました。
有里さんの歌も、シェアリングも、機会あるたびに何度も深めていきたい事の一つです。
うさと展と吉野に集う仲間たちも、同じで、年に2回くらいのペースで、何度も、何度も深めていきたい。
というわけで、9月にと、思っています。
今までは、新しい場所ににあえて自分を置く、という事が多かったけど、
今は、すでにあること、つながりを深めていきたくて
また、それをとても楽しく感じている私がいる。
それは停滞でなく、無限に続く新しい始まりの気分。