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佐藤初女さんの講演会、まだ座席に、余裕ありますので、ぜひ、いらしてください
詳細:http://www.yu-kapi.com/ 私は、5年程前、初女さんの本に出逢い、そこに見つけた言葉に支えられて、今日まできました。 そういう人が実在する。 それは、何よりの支えとなりました。 二年前、高槻で初女さんの講演会&ガイア2番の上映会に、念願かなって参加することができました。 早くから知っていたのになかなか家の予定が立たず、やっとOKをもらった時は、時すでに遅くキャンセル待ちでした。 あきらめきれず、主催者の方に思いを伝えたメールを送らせてもらったら、偶然にも、キャンセルが出たところに届いたらしく、講演会や上映会を地元でしたい、という思いに応えてくださって、参加させていただくことができました。 今回の講演会&上映会、おにぎり講習には、このとき、自分が体験した感動が根っこにあり、本当に参考になりました。 講演会をしたい、という長年の思いが現実の中で動いたのは、いのちのまつりの準備に追われている最中でした。 ある日のこと、突然、今ならできる、と浮かんできて、いても立ってもいられず連絡をとりました。 多分、何分か後だったら、たわごとと、自分で打ち消していたと思います。 私がおねがいしたのは、11月でしたが、9月16日なら、というお返事をいただいて、その日なんだ、と、思いました。 難しくてたまらなかったことが、あまりにも簡単に超えてしまえて、実感がなかなか湧いてこなかった。 イスキアには、始め、寝台車で行くつもりでした。 吉野に来ていただく同じ道を辿りながら行くことになったのです。 寝台車は、乗ってる時間は長いけれど、弘前まで直通なのです。 吉野に来てくださるのを選んでいただけたことの奇跡を、近づくにつけ、感じるばかりです。 そして、遠くから、たくさんのご予約をいただいて、初女さんの存在の大きさをあらためて感じています。 そのお手伝いをさせてもらえるありがたさ。 そこで、みなさんにおねがいがあります。 教育委員会の後援をいただけたので、町内の幼、小、中学校への配布はできました。 あちこちで、チラシを手渡していただいたり、宣伝していただいています。(感謝) でも、限りがあって。 奈良県内、近畿県内で、初女さんを待ってる方がいらっしゃったら、その人にこの情報が届いて欲しい。 講演会の情報を、身近なお友達に流していただけると助かります。 チラシを撒くのを手伝っていただけると、さらにありがたいです。 どうぞ、私をふらふらになるくらい、忙しくさせてください よろしくお願いします。m(__)m |
おねがい。
おいしいごはん。
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イスキアから帰ってきて、あっという間に一週間が経ちました。
わが家のご飯は、自分で言うのもなんですけど、よりおいしくなりました なんたって、お米をとぐとこから、自分の中の(本で読んだ)知識と、見て感じてきた総力を駆使して洗ってますから~(笑) そのくらいの勢いと意識をもって料理に取り組んでます。 日々が祈り、だと、積み重ねているつもりだったのに、どれだけ時間に流されたり、気持ちが入っていない事があるのかを肌で感じたのでした そこに、自分のよろこびがどれほどにあるのかを。 私が、初女さんに惹かれてやまないのは、俗なる営みこそが聖なる営みだと信じているからです。 そして、それこそが、真の癒しにつながると思っています。 ちょうど、イスキアに行く少し前、田んぼを見に来てくれたAKOちゃんが「典座教訓」という本を教えてくれました。道元さんの伝えで、まかない(台所)の仕事から学ぶ修行のことが載っているのですが、青森の旅のお供に持って行き、開くたび、そこに初女さんを見ました。 耐えがたきを耐え 佐藤初女 ~おむすびの祈り(集英社)より~ 友の救急病院のお供に、初女さんの本を持って行きました。 世界中で起こってる事件やとりまく環境を思い にんじんをささがいている初女さんの姿の美しさに、ちーやんと一緒に見とれました ご飯をよそわれる姿に、目が釘付けになりました あれだけ、恋焦がれていた場所なのに、人なのに、その営みの中に混ぜていただいてると、話したいことはたくさんあったはずなのに、話したい、という思いがなくなっていって、 料理していると、初女さんの姿がうかびます。 俗なることの中にどっぷりあって、そういうものをはるかに超えた、営みがありました。 ただあるだけで 仕事場で穴掘りながら、うんざりしそうになると、思い出し、 「私、”面倒くさい”っていうのが一番嫌なんです 初女さんの言葉の中でも、大好きな言葉です。 私は、自分の中に、これほどに神への信仰が強くあったのだ、ということにはじめて気付きました。 その道具となりたい、と、切に願います。 |
森のイスキア
思いつづけて、早、幾年。
この、土日、念願かなって、小6になったちーやんと一緒に、青森に行ってきました。
今時の子どものちーやんにとっては、初女さんって、イスキアって、「誰?それ」「どこ?そこ」なんだけど(-_-;)、今はわからなくても、かけがえのない宝物になる日が来ると信じる母であった。
残業、残業で、仕事してくれてる中、二日間、時間をもらえたこと、イスキアに泊まれたこと、青森で出会えた人たち。
すべてに、感謝。
イスキアに行く、
というのは、ほんとに簡単な事じゃなかった。
日も早くから決まっていたのに、旅の最後の最後まで、笑えるほど問われることだらけだった
予定していた寝台車なら、弘前まで走っているので楽だったんだけど、新潟の地震で運行になってて、
になったり。
とにかく、自分が動かなきゃ始まらなくて
自分のどんくささ、至らなさに呆れながら
それでも、自分であるしかなくて
実際に問われた、って訳じゃないのに、自分を問う旅だった。
そのおかげで
書ききれないほどの出会いと、思い出をもらってきました。
二日間だったのに、前後から書ききれないほどのネタ(笑)
いまだ、言葉になってないことがたくさんあります
それくらい、もらったものが大きかった。
言葉でなく
空間
場所
姿から。
愛は
言葉でなく
行動である
この言葉の意味を、しみじみと感じた旅でした。
日常が祈り
そう、思って、日常を積み重ねています。
でも、私の祈りなんて、へちょい、へちょい、
ぜんぜん、うわっつら。
言葉でなく、そこに居るだけで、見てるだけで、食べるだけで感じてしまう。
長年、思いつづけてたイスキアにいるのにね、
自分も、早く帰って動きたくてたまらなくなったの。
まだまだ、祈りをこめることができる。
できることがある。
はじめてのイスキアは、うれしさより、自分に対して振り返る方が大きかった。
ちっぽけで、大切な自分を再確認して
ちーやんと、青森の地も楽しんで帰ってきました。
吉野からたどった道中を、9月、86歳の初女さんがたどって来てくださるということの重みと、ありがたさ。
いろんなことを、からだで受け止めています。
よろこびとともに