2009/9/30 水曜日

つぶやきの種。

カテゴリー: 暮し, ひとりごと — yu-ka @ 19:45

自分に気づく方法って、二つある気がしてる。

一つは、誰かに指摘してもらったり、失敗や、同じ課題を繰り返す中で、傷ついたり痛い中で気づく方法。

二つ目は、ただただ与えられていたことに気づかされる時。

どっちも、同じ部分に行き着くんだと思うんだけど、
二つ目は、ものすごく堪える。

一つ目だったら、何かのせいにしたり、言い返したりという逃げ場があるけど、
二つ目はないから。

もう、ただただ、相手の大きさ、懐の深さを思うばかり。
それがわかる分、痛みもどーんとくる。

だけど、
それを受け止めれる、返せるだけの空間を自分の中にもてるほど、
もらっているものが大きい、

もらっているもは、あふれるほどの愛。

人は、あふれてこそ、初めて自分を振り返れるし、
周りにも分けることができる気がする。

今までも、
あふれる愛をもらう度、自分に返せる空間を、追体験に耐えれるだけの強さを
もらってきた。

自分の中から脈々とあふれさせてもらったものを、周りに返していきたい。

2009/9/8 火曜日

支え。

カテゴリー: 暮し, ひとりごと — yu-ka @ 19:52

200909082.jpg200909081.jpg二年前、佐藤初女さんの講演会をさせていただきました。

その時響いたことばをメモした物を、
家の冷蔵庫に貼りつけています。

黄ばんで、汚れて、
走り書きで、字も読みにくいのだけど、
書いた日の自分を思い出せるので、
書き直さずにいます。

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夜中にお漬物が呼ぶんです
この石は、もう重いって。

祈りは生活です。

私の祈りは動の祈り、
生活の全てが祈りです。

相手の喜ぶのが生きる力。

今日と明日は違わなきゃ。

今の年齢でできること。

何をするにも悲しみは伴います。
そこから逃げることはしません、

こうなればいい
こうなればいい

冬の中にも春があります。

ひとりひとりの中に、神が宿っている。

無意識にしていることが、人をひびかせるのが本物。

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9月26日 おにぎり講習
27日 講演会

その前後、移動日の二日間。

4日間、初女さんのお時間をいただくことになりました。
その重み。

二年前と比べると、
私の周りに、初女さんを知る人が増えてくれました。
前回は、ただただ、一人でも多くの人に知って欲しい、って思いだけで突っ走ってた気がします。
今回は、深めたい。
違う場所で積み重ねあう日々の中、
生きていることばを深めたい。

同じ方の講演会でも、
その時の自分と、今の自分は違うし、
初女さんも、
来ていただく方も同じ方がいても違う。

準備しながら、前回に重ねたり、振り返ったりしながら、
その時は気づけなかったもらっていたものの大きさにあらためて気づくたび、
感謝があふれてきます。

感謝って、しようと思ってする、って言うより、
勝手にあふれてくるんだね。

もらっていたことの大きさに気づいて、
自分の至らなさ、傲慢さに気づいて、
「ごめんなさい」
「ありがとう」
がぐるぐる渦巻いてて。

今回は、
その「ごめんなさい」と「ありがとう」の上に重ねていただいてるので、

吉野の講演会を選んでくださった方がいる、
初女さんが来てくださる、
吉田さんがごいっしょしてくださる、
連絡をいただく、
振込みをしてくださる、
チラシを手渡してくださった人がいる
お手伝いをしてくださる方がいる、

もう、
その一つ、一つの向こうにあるものがうれしくて、
ありがたくて、
いただいている向こうにあるものを、
思い知るばかりの日々です。

それと共に、日が合えば、とおっしゃってくださって方に申し訳ない思いと、
しなくてもいい迷惑をかけてしまう人たちがいることへの申し訳なさと、
それでもこうして、させてもらえることへのうれしさと、

いろんな思いをもらっています。

最後の、最後の、最後の瞬間まで、
大切に味あわせてもらうことを誓います。

ほんとうに、
ありがとう。

時間。

カテゴリー: 暮し, ひとりごと — yu-ka @ 19:48

20090902.jpg時間って、自分の愛の現れなんだ!!電球

昨日の朝、ゆーやんを送る車の中で浮かんだこと。

そうか、
そうかぁ、

だから、時間を割けば割くほど、
使った分、誰にわからなくても自分がうれしいんだ。

一緒に作りあげてく時間も、
持ちつづける時間も、

自分が過ごす、、
相手や状況に差し出す自分の時間すべてが、
愛のあらわれ。

好きなものには時間を費やすもんね、
生きるためであったとしても、仕事もそうだ、と

それぞれの愛が重なりあって、
日常って愛であふれてたんだ、って。

そんなこと思いつつ、ご飯作ってたら、
どんどん品が増えた(笑)

今、読んでる「獣の奏者」の続編がとても深くて、

先の二巻は、王獣や闘蛇の物語だとしたら
続編二巻は、それを包む人々の歴史のような感じで、

もう、物語の域を越えてるの!
私たちが知らなかった先祖の話を聞いているかのような、
それほど境がないです。

中の、死ぬことで終わりにするのでなく、生きていくことで解放する決心をする
エリンにはだかる運命という波が、
今の世の中にとても重なるところがあって、

松明(たいまつ)の灯をともす人に、

という台詞が胸に染み入りました。

松明の灯りは小さくとも、それを持ち帰った人が灯すことによって、
その場所で灯りが増え、大きくなっていく、

変革、
というのは、誰か力のある人が一人でできるものでなく、
そうして広がり起こっていくのだと。

2009/9/4 金曜日

ありがとう。

カテゴリー: 暮し, ひとりごと — yu-ka @ 19:48

昨日、仕事のふすまを受け取ってもらっていたので、実家に取りに行った。

途中で半日授業のゆーやんを拾って、
懐かしい町並みに出れば、

いつものように、おかぁちゃんが店番をしてて、
お昼におとうちゃんが帰ってきて、
とってくれた出前のお好み焼きよばれてたら

おかぁちゃんが、
あれも、
これも、
と、店から持ってきては、

せっかく帰ってきたのになにもない、なにもない、
と、一人うろうろしてる。

で、仕事の休憩に帰ってきて、いつものように食べてるだけやのに、
ゆか帰ってんのに、ってお父ちゃん、怒られて(笑)

お父ちゃんも同じ建具屋なので、
仕事に戻る前、
置かせてもらってたふすまの出てるところを
車に積めるように切ってくれて、一緒に積んでくれて、

知らない間にまた、
ふつーに仕事に行った。

ふすま持つ向こうに見えるお父ちゃん、
ほんとは、ありがとうだけではくくれない、あふれる感情でいっぱいなんだけど、
それだけでは足りない感情なんだけど、

ことばにすると、
「ありがとう」しかなくて、

駐車場に行く、小さくなってく後姿に

「ありがとう~~~」

って、大きく声をかけた。

ちらっと、振り向いて、
また、何事もなかったかのように歩いていく後姿、

見送る最後の、最後の、最後まで

なんもかもたられへんで、

と、言いながら、あれもこれもとくれるおかぁちゃん。

店つぶれんで、ほんまに、

ことばにならない思い。

ありがとう。

2007/12/5 水曜日

エナジーナビ。

カテゴリー: 暮し, ひとりごと — yu-ka @ 19:33
づっと

自分の中のおそれを超えたい、なくしたい

と、思っていた。

それは、怒りや、不安などのネガティブな感情も同じなのだけど

だけど、今は、

そういう自分の感情を見つけると、しんどい反面、愛しかったりする。

あぁ、
私は、こう言うときこういう感情を抱くのだ

と、

拒否するでなく、そんな自分を許しつつ、やってるのが大事な気がしてる。

湧き上がってくる感情に、自分で言い聞かすことだけはやめようと思ってる。

しんどいけど、それを誰の責任にするでなく、相手にぶつけるでなく、自分の中で味わいつくしていると、味わい尽くした後には、自然に変化が起こる。というか、湧いてくる。

キーポイントとなる人に出会ったり、出来事が起きたり

自分の中で起こることを、途中でやめず、味わい尽くす事が大事なんだと思う。

私は、自分が伝える中で、ある人たちには感じるおそれの中で、伝える、ということをあらためて考えた。

なぜに、私は、それを伝えたい、知って欲しいと、思うのか

私の場合、自分ではわからない所から突き上げてくるものがあって、動かずにはいられなくなる。

だから、自分をとても問うし、問われる

そういうことを言う、あなたはどうなのか
どういう生き方をしてるのか
どんなことを信じてやっているのか
何を伝えたいのか
何を感じているのか

付け焼刃の言葉や言動は、すべて相手に伝わるから
自分の中にないものは、伝えられないから

私は、同じことを、おはなし会や人形劇の中にも見る

だから、一番好きなもの、したいことであって、一番苦しい。

だけど、突き上げてくるのだ。

それはどこから?
何なのか?

その答えを、25日、大阪で薄紫しゃまの”自分のエネルギーの質と使い方を知りたい方のエナジーナビゲート”のセッションを受けてきて、見つけた。
(※http://sala-cannon.com/therapy.html
速報:薄紫しゃまの奈良セッションが1月13~15日にあります。)

私の中にあったエネルギーは、竜や竜巻のように強く、スピードのある”変容”のエネルギーだった。

みっちゃんも驚いていたけど、誰より驚いたのは私自身。
いつも、誰かに助けてもらってばかりの、頼りのない私の中に、そんな強いエネルギーが??

とにかく、瞬時に入ってきたものをどんどん変容していく。

『なぜ、変容させるの?』と、みっちゃんが身体に尋ねると

『だって、変容すれば、いのちは永遠だから』と、私の身体はこたえた。

それを聞いた時、
自分の中でいろんなことがつながり、納得した。

木は、見方によっては木にしか見えないけれど、そこに何を見、得、感じるかで、様々な形に変化することができる。

そこにあるいのちは、形を変えることによって、永遠に続いて、終わることはない

ほんとうの私は、それを知っている。

だから、突き動かされる。
それを知って欲しくて。
変化する事で得る喜びを、分かち合いたくて。

ただ、スピードがある分、どうしてもギャップが生じる。

自分自身とも
周りとも

そのギャップを味わいつくすために、よろこびに変えるために、吉野を、今の環境を選んでいた

そう、何かはわからず、でも、この吉野で、今の環境の中、いろんなしがらみの中で自分でありたい、ひとつづつよろこびに変えていきたいと、身体を持つ私は願っている。

伝えたいからこそ、よろこびに変えていくステップを、一番学ぶべきは自分だった。

そういう

今まで、自分ではどうしても腑に落ちなかった、湧き上がってくる、こうとしか思えない、という感情が、どこから来ていたのかが、やっと自分の中で重なった感じ

すべて、選んでいたのは自分だった。