2010/6/26 土曜日

仕合わせ。

カテゴリー: 暮し — yu-ka @ 19:52
2010_0624_192525-p6240089.JPG今日は、
お風呂のタイルと天井の掃除もできたし、

お天気もよく晴れ
出してきた夏布団も干せて、すっきり。

気になってた畑も少しいじれたし、

何より、大豆を植えようと思ってる場所を、
一部分だけどやっと整えて、種を蒔けた。泣き顔

今年は、
どれだけ早起きしても、時間を作っても、
カンナさんが理由でもなく、
なぜか
田畑まで行きつかないのだぁ…

ベストタイムなご飯食べてから日が暮れるまでの間も、
送り迎で終わってしまう今日この頃。衝撃

土いじりは、やっぱり楽しいなぁハート達(複数ハート)

家に戻って、カンナさんと遊んでいたら、
薄暗くなった空が、見る間に赤く染まってきて、
とってもきれいだった。

方や、反対側の空には、
ぽっかり月が出ていて

真っ赤に染まった空の向こうにある、
夜を思った。

カンナさんが夜鳴きしてた頃、
夜が明けるのを見ながらも思ったけど、

暮れたり、
明けたりする時って、同じような暗さや赤さを通る気がしたんだ。

読みたい本が、
あちこちに山盛りですあせあせ(飛び散る汗)

「きのう何食べた?」のよしながふみさんつながりで教えてもらった、「大奥」は、
柴咲コウや二宮和也で映画化されてるんだけど、
http://ohoku.jp/

このマンガは、とってもおもしろかった!!!

読みかけの本、ほっといて、
一気に5巻読んでしまった。

巻を重ねるごとに、
ありえない話でないように思えてくるから不思議。

天山のソニンが、最終巻5巻まで出ました。
3巻で止まってます、、

佐藤多佳子さんの「夏から夏へ」

これまた、おもしろいと教えてもらった
フンケの「魔法の言葉」「魔法の文字」

フンケつながりで「どろぼうの神さま」

おもしろい物書くと聞いた、お初の宮部みゆき作品
「楽園」上・下

掃除がスポーツ競技と言う「コロヨシ」

あぁ、
あっちにも、こっちにも本だらけ。

今、読んでるのは、
カドカワ銀のさじシリーズから、廣嶋玲子さんの「送り人の娘」

文句なしに、おもしろいです。

廣嶋玲子さんは、はんぴらりとかも、おもしろいんだってー。

今日の新聞のコラムで読んだ”仕合わせ”という言葉。

私たちが一般に使ってる「幸せ」という文字は、かつては、「仕合わせ」と書かれてたんだってね、

相手に仕合わす

と言う意味で、仕合わせ。

いい言葉だなぁハート達(複数ハート)

2010/6/22 火曜日

血は水よりも濃し。

カテゴリー: 暮し — yu-ka @ 19:53
2010_0622_095541-p6220083.JPG日曜日、
カンナさんが家に来て、初めて里帰りしました。

近所なので、すぐに帰れる距離なのですが、
里心がついたらかわいそうかと、なかなか寄れずにいました。

づっと、逢わせてやりたかったのです。

たまに、散歩の途中でおかぁさん犬の姿を見かけても、
「ワン衝撃」と、鳴かれて、
しっぽを丸めて全速力で家まで逃げ帰る、
という感じだったので、すこし心配しましたが、

近寄ると、カンナさんはおっぱいを探し(もう飲まなかったけど)
おかぁさんは、「クーン クーン」とお尻なめてやったりして、
さすが親子、と言う感じ。

兄姉とは、すぐにだんごになって、3匹で飽きることなく、遊んでました。

もう、大、大、大興奮だったので、
家に帰ったら、また最初みたいに淋しがるかなぁ、
と思っていたら、
遊び疲れて爆睡でした。(兄姉も同じだったとか)

草っぱらが大好きで、

ちょうちょ追いかけたり、
雨上がりの草っぱらで、顔にいっぱいしずくつけて?って顏してたり、

飽きるまで葉っぱや枝で遊んで、
風を感じて、

見てるのがおもしろくって、
感じる風が楽しくって、

同じような時間を、子ども達が小さい時過ごしていたこと、思い出す。

お昼から、
久しぶりのレッスンも用事もない日曜だったので、
父の日に合わせて、実家に行きました。

帰ると、
父がはさみを持って待ち構えていて、

耳にかかった髪の毛を切ってくれ、と。

父は、腰の痛みは一時のような痛さはないものの、すっきりでもなく、
こちょこちょ動けるようになってるようなのですが、
母にしたら余計なことも多いようで、
最近は、いつ電話しても父の事を怒ってます(笑)

んなわけで、

ゆかに切ってもろたらええやんぷっくっくな顔
と、なった模様。。。

切ってる間も、なんじゃかんじゃ言いあってて、笑えた。

結局、手の足りないところを母も手伝ってくれてたりして、
なんか、うれしい時間だった。

兄も、気になるのかうろうろ用もないのにやってくるのに、
口下手なとこがまた、父にそっくりで、
笑えた。

吉野の父の引き出しに入ってる財布がぼろぼろだったので、
父の日にプレゼントしたら、
去年も、同じ事思って財布をプレゼントしたらしく、新品の財布が二つにあせあせ

ばっちゃんが、引き出し開けると、
今年あげた財布も箱から出してくれてあった。

そんな風に、時間を重ねている今日この頃、

仕事場では、特注で、松の木で、木の門を作り始めています。

この松の木が、
日本製のものは、ヤニが年輪にもしみててすごいの!

なのに、外材の松は、
色も檜みたいに白くて、ヤニもほとんどないのです!!

不思議。

写真1:カンナさん、ドラえもんと寝るの巻

写真2:松の木比べの巻

写真3:カンナさん、土を掘ってこそどろのような鼻になるの巻

2010/6/19 土曜日

色生なあなあ日常

カテゴリー: 暮し — yu-ka @ 19:54
寝る前と、普段に読んでいた

「神去なあなあ日常」三浦しをん(徳間書店)

「四十九日のレシピ」伊吹有喜(ポプラ社)

を読み終えました。

■「神去なあなあ日常」は

2010年 本屋大賞ノミネート作品で、
かの宮崎駿さんに

「ぼくのおすすめ」

と、言わせしめた作品で、
これはおもしろい、映画になるぞ、
実写版かな、アニメーションかな、
いやいや、映像化しない方がいい、

やっぱりおもしろい、
アニメかな、実写かな、
実写だったら自分には無理だな、などと思いつつ満足して読んだ、

という帯の言葉で、これは読むしかない!と。

奈良と三重の県境にある山奥の村が舞台で、

高卒でしばらくフリーターをしようと思っていた勇気は、学校の先生と親たちによって、林業の研修生として送りこまれます。

携帯の電波も届かない、
若者もいない、遊ぶ所も、何もない、
ないないづくしの神去村での林業を通した日常、
個性的な村の人々

”なあなあ”

と言う言葉が何ともいい!!

田舎の人って、ほんとに”なあなあ”みたいな意味を持たない言葉で、なんでもすませれるんだよね。

下手したら、固有名詞を上げなくても、通じますから(笑)

そんなわけで、読むのもゆるーく、寝る前になあなあ読んでました。

読後感がとっても爽やかです。

ほんとに、映像化して欲しいかも映画

■「四十九日のレシピ」

これまた、新聞広告で何度となく目にしていたけれど、

ちょうど、
いのちについて考えていた時、本屋さんで見つけて、

わたしがいなくなっても
あなたが明日を
生きていけるように。
(大切な人を亡くしたひとつの家族が、再生に向かうまでの四十九日間)

って帯の言葉が決め手で、これも、読むしかない!!と、
多分、あの時期じゃなければ、絶対手にとってないと思う一冊。

これが、
よいのです。

家族を包むあたたかな奇跡に、涙があふれる感動の物語、

と、ありますが、
思うつぼに泣きました。

故人が愛した風景や、知らなかった一面、人に出逢っていくうち、
悲しみにくれていた日々が、どたばたとまわり始め、

もっと早く一緒に来て、もっと一緒に楽しめばよかった、

なんて言う、何気ない一言にほろり泣いて、

故人たっての希望の四十九日の法要大宴会あたりは、
だーだー泣きました。

悲しくてとか、やりきれなくて、とか言う感情でなく、
思う存分泣きたくなって。

泣かせてくれる本って、アル意味、ありがたい。

ある場面で、

”テイクオフ・ボード”
という言葉が出てきます。

体調に波があって、動けない日のあるその人は、
自身がテイクオフ・ボードする仕事を引退してしばらくは、
働けない自分が情けなくて仕方がなかったけれど、
生きている、生活をする、
気にかけることがあり、気にかけてくれる人がいる。
それだけで人は、誰かを飛ばし、飛ばしてもらい、一緒に進んでいける気がします。
それは、無数の匿名のテイクオフ・ボードだから

という一節があって、

さらりと、
会話の中で出てくる言葉だからこそ、
力があると思った。

思う存分、泣いてください。

2010/6/17 木曜日

ほたるたんじょう。

カテゴリー: 暮し — yu-ka @ 19:56
今日の小学校の1・2年の授業枠のおはなし会で読ませてもらった詩です。

実は、
私の大好きな、とっておきの詩です目がハート

ほたるの季節になると、この詩を思い出して、
その光景が美しければ、美しいほどきゅーんとなって、
口に出して読むと、じーんたらーっ(汗)とくるの。

標準語のほたるバージョンと、
御所弁のほたるバージョンで読みました。

生まれ育った御所の言葉が、イントネーションが大好きです。

今じゃ、吉野弁と混じって変だと言われますがウッシッシ

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ほたるたんじょう    くどうなおこ

きがつくと
草につかまって ゆれていました
夜のなかで ちいさく光ってみました

草の葉は、まるで「じかん」のようです
細く長い「じかん」のまんなかで
わたしも「じかん」になりました

息をするたびに わたしの「じかん」が
光って消えて
光って消えて・・・・とても静かです

耳を澄ませて待ちました
ええ とても待ちました
わたしの「じかん」にだれかの「じかん」が
ゆっくりと ちかづいてくるのを

そのときがきたら
いちばんきれいに光りたいと思いました

「ふくろうめがね」
(童話屋)

2010/6/13 日曜日

本の力

カテゴリー: 暮し — yu-ka @ 19:57
長野県は松本市から、
ちいさいおうち書店のおねーさん、おにーさんが奈良に来てくださいました。

ちいさいおうちは、去年が30周年だったのですが、
学生のころからお店に通っていた友達が奈良に嫁いできたご縁から、
私も、文庫もお世話になっています。

文庫のオープンの時には、おねーさんがかけつけてくださいました。

初めておねーさんに出逢った時、

「本好きは、年代を越えてにおいでわかる。」

と言ってもらった日から10年、

昨日、お話させていただいたり、聞かせていただいていてあらためて思ったのは、

”本のもつ力”

一冊の本との出会いが人生を変えることもあることを、
経験されている方は多いと思います。

かく言う私も、その一人。

本と言うのは、使い方によっては子どもの成長、発達にすばらしい成果があること、

その実践の数々を聞かせてもらいました。

私は、
本のもつ力を肌で感じているからこそ、この10年間、文庫活動を続けているわけなんですが、

その事に対してのアプローチって、
あまりしてきたことがなかったなぁ、と。
もっと、していっていいんじゃないか、って。

本って、絶対、それを手渡す人が必用なの。

子どもに手渡そうとしたら、まず、お母さんから育てないといけない、
それが移動文庫につながっているのですが、

昨日のおねーさんの話で

助ける人がいないと本は読めない、という話。

本を読めるようになるまでは、後押しがいる、
でも、本を読んで終わるだけではもったいない。

自分の手で開いて読む、

そこまで育てようとすると、とっても手間がかかるんだけど、
人間は手間がかかる、

と言うのがありました
これには、うんうん。

字が読めるのと、本を読めるのとは別だから、
ほんとに別だから。

本を読める、ってことは、
いろんな言葉を知ることだから、自分にとってのツールに、武器になる。

いろんな国にもいけるし、
いろんな風景に出逢えるし、
いろんな感情も味わう。

生きる事のすべてが詰まっている、
と思っています。

もう一つ、印象的だったのが、

ボランティア

ってことについて、

ボランティアは、する人と、される人が対等。

ボランティアは、ただでする人のことでなく、

すすんでやる人、
自分の意志でやる人のことなんだ、
と。

ボランティアへの認識、
と言われるものは、ものすごくいろんなとらえ方があるんだけど、

おねーさんのボランティアに対する認識は、ものすごく共感。

ほんとにそうだと思う、

ボランティアは、できる時にできることをするだけで責任をもたなくていいように言われるけど、

責任は、ついてくる。

自分がそれを選ぶ先についてくる責任は、
ボランティアにしろ、なんにしろ関係ないもんね。

相手はどんな感じかなぁ、

と言うのがあってこそだと、

そうなの、
自分が満足するためではないのだ。

常に、忘れちゃいけないのが、
相手はどんな感じかなぁ、

って所だと思ってる。

づっと聞けなくて、聞きかじりだったけど、
それだけでも、あふれるくらいのものをもらいました。

今日の、おにぃさんのお話しでも、本からいろんなことにつなげてお話しいただけること間違いなし!

やり続けている方の言葉は重いです!!!