2008/11/16 日曜日

日はまた昇る。

カテゴリー: 暮し — yu-ka @ 6:00

うれしさいっぱいで幕を開けた、新しい歳。

今日は、ずっと楽しみにしていた間伐ボランティアの日、
あいにくの雨だけど”小雨決行”と書いてあったので、カッパやら詰め込む。
やめる、という考えは浮かばず、かうちゃんにあほ扱いされる。あせあせ(飛び散る汗)

友きちが学校で検定試験だったので、洗濯すませてお弁当作って、駅に送って、そのまま集合場所まで直行。

課せられることは何ら減ることがなく、返って増えていってるのに、そこまでしても行きたい、って思うところがあほな所以なんだろうな、そこに雨だものね雨(笑)

慣れってすごいな、って思うのが
以前なら、いっぱいいっぱいだったことが、何度も、何度も繰り返していくうちに、だんだん無理なく、余力を持ってこなせるようになってること。
それが、普通になってくこと。
だんだん、できることが増えていくうれしさ。

間伐ボランティアは、さすがに危険なので雨で中止になった。
でも、さすが、どの人もカッパ、長靴姿で行く気満々。ダッシュ(走り出す様)
代わりに吉野高校で、座学とチェーンソーの実習を受けることに。

吉校に入らせてもらうのは初めてだったけど、木に関する本格的な機械が揃っていて、圧巻。

誰かが声をあげて形をつくる事って、関わりのない人には自分たちとは違う、で終わってしまいがちになる。

自分が一端を担うことで、何かで、どこかで関わることで、
初めて、自分のこととして置き返れるようになる。
立場変われば自分もそうだから、なおさらに思う。

初めの一歩までには、越えるものがいっぱいあるんだ。
関わっててもあるんだから、関わってなければなおのこと。

いっしょに作り上げていく過程で、知らず、知らずのうちに超えていって、
そうやって、知らない間に、それぞれにできることが増えて、広がっていく。

だから、小さなことの積み重ねしかない、って強く思っているけど、目に見える結果はすべてでない。
それは、誰かにとって見えるものにすぎない。
目に見えない所に、いっぱい、いっぱい種があるし、ぶくぶく発酵しかけのものがある。
自分が精一杯したことって、結果でなく、後悔がないもんね、
それが、どういう風に発酵する種なのかは、誰にもわからないこと。

だから、今は、つながってないように思っても、
こうなればいいな、いいな、
という所に向けて、自分のできる小さなことで動きつづけるしかないから、
小さなことを積み重ね続けたい。

チェーンソーは、機械の怖さを身近で感じてるので、説明を聞けば、聞くほどこわかった。
でも、実際に切れていく感触は、とても楽しい。

刃の目立ての様子は芸術!
本当のプロは、怖さを知った上で、扱うべく扱える人だと思う。

どの道においても、
知ってる、できる、わかってる、
どこかで自分の力を過信してしまうのが一番こわい。

それで、思い出した・・・

最近読んだ本は、選んだわけでもなく、不思議とそういう内面を描いたものが多かった。

私は、誰かが評価してくれる時ほど、うれしさ以上にこわさを感じる。
素直にうれしいのはもちろんなんだけど、その後にくるのはこわさ。

自分を過信してまいそうになるのがこわいのだ、
なぜなら、
過信してしまったことがあるから。

その思いは、いつも、いつも消えることはないのだけど、
そうか、

今、初めて腑に落ちたこと。

お誕生日の朝、お宮さんにお参りしたら

これからは喜びだけを受け取るがいい、
もう、十分果たした、

そんな声が聞こえてきたの。(こういう声って、絶対に誰もが聞いてるよね。耳を傾けるか、傾けないか)
過信してしまった自分を、いつもどこかで負い目に感じてきた。
口に出さず、淡々とできることを積み重ねる事は、そんな自分に対して唯一できることだった。
どんな扱いを受けようと、それを受け取ってもらえずとも、ただ、感じきる。

誕生日を機に、これからは必要はない、って言ってくれてるの?
って、いまいち腑に落ちなかったんだけど、

そだね、
すべては発酵なんだよね。

こわさの中にあったのは、
超えていくよろこびだった。

ぶくぶく
しゅわしゅわ

まったり
おいしくなるための。

これからは、純粋な、自分のよろこびのために積み重ねていこう。

2008/11/15 土曜日

ありがとう。

カテゴリー: 暮し — yu-ka @ 5:59

たくさんのコメント&メッセージありがとう。

夕方帰ると、予期せぬ郵便やプレゼントもいくつか届いていてびっくり。
何から開けよう状態で、

友きち曰く
「芸能人か」(笑)

ありがとう
ありがとう。

朝、
起きてきて開口一番、
「おめでとう」「何もないけどな」
ぼそっとかうちゃん。

「パパンと一回(ツケ)たたくだけやんけ」
「一回ちゃうし」と軽口言いながら、
ここ三日間ぶっ続けの練習を、気持ちよく出してくれて。

「今日は、家の事はまかしとき」、と送り出してくれたのはばっちゃん。

ツケ(音)をたたくのに使った木は、仕事場にあった大きな端材で、
ツケ本体は、カンナ(道具)の持ち手を切ってもらったものでした。

もらってる気持ちが、ただうれしくて、
重ねあえる気持ちが、ただうれしくて
生まれてこれた日が、ただうれしくて、

だから、何をしててもうれしくて。

行く前から、あまりにうれしいから、会場ではどうなるのかと思うくらい(笑)
向こうでも、いっしょにそこにいれるのがうれしくてたまらなかった。

きっと、誰も誕生日を覚えてくれてなくても、うれしかったと思う。
変な意味でなくて
自分だけは自分の存在を認めてやれるうれしさ。

何年か前までは、大事な人から忘れられてると、ものすごくショックだったから。

でもね、わかったんだ。

大事に思っていても、忘れることがあること。
大事に思っていても、どうしても嫌な時もあること。
いつも同じでなくてもいいこと。

だけど、
お互いどう感じてようと、お互いがお互いであれば、
また、時がくれば重ねあえること。

今日は、ほんとうにいい時間をいただきました!
重ねてくださったみなさん、
本当にありがとうございました。

11月15日。

カテゴリー: 暮し — yu-ka @ 5:56
さぁ、
いよいよ今日は、義経千本桜の本番です。
http://mixi.jp/list_bbs.pl?id=752526&type=event
(びびびとこられた方、お待ちしています)

このところ、
私の頭の中では、ぶくぶく ぶくぶく 音がしてます。

発酵してる音(笑)

今日で、43歳になった私の、
今まで過ごしてきた時間のすべてが、泡をたてて、しゅわしゅわ発酵してる。

よろこびも、悲しみも、苦しみも、
すべては、発酵して形の変わり行くもの、
それまでの時間を味わってるにすぎなくて、

自分の中で味わってれば、勝手にしゅわしゅわ、ぶくぶく
味わい深くなってくんだなんて、

あぁ、
生きてるって、なんて素敵なんだろう。

って、そんなべたなこと言っても、今日なら許されるよね(笑)

昨日、おかぁちゃんとおとうちゃんにはがきを出しました。

生まれてこれてよかった
二人の子供でよかった、

おかぁちゃんより先に、ありがと言うんだ。

私が
私である限り、

どこまでいっても一人の孤独はつきまとうけど

いつも、
どの時も

いろんな人に支えられて
目に見えないものに守られて
存在してこれた。

今、
この時代に、
この国に、
この星に、
生まれてこれてよかった。

ありがとう。

ありがとう。

2008/11/12 水曜日

なりたい人。

カテゴリー: 暮し — yu-ka @ 5:55
私には、毎日を過ごす中、絶えず聞こえてくる声がある。

その中のひとつが、佐藤初女さん。
初女さんの言葉は、体験の中から出てきた、生きた言葉、

揺れるたび支えられてきたのは、「揺れてもいいんです、揺れる時、下に下に伸びていく」
という言葉だと言うのは、何度となく書いてきたけれど、

一番好きな言葉は
「私、めんどくさいと言う言葉は嫌いなんです

人と同じことは、誰もができること、
その先を一歩越える、あと一歩を超えるか、超えないか。」

淡々と、できることをする中で、
苦しいことは、ただとことん苦しみを味わいきる、
そのうち、
形が変わって納まるところに納まっていく。

よろこびも、悲しみも、自分が作り出しているに過ぎないことを思い知る。

そのよろこびや悲しみを感じきる中で、自分が自分でありながら、
誰かとのつながりを深めていけるのだと

すぐに目に見えるものもあれば、
時に、
何ヶ月、何年もかかるものもあるだろうけど、

そこに至るまでの、小さな、小さな繰り返しが、関係を発酵させていく。
その過程が言葉でないものを届ける。

今、
この時、

自分が感じるすべて

繰り返し、
繰り返し

何度でも、
何度でも、

味わいつくす。

2008/11/9 日曜日

土着の知。

カテゴリー: 暮し — yu-ka @ 5:52
200811093.jpg霜月祭に行ってきました。
ついでに、実家で軍資金をもらった三人のお楽しみ、本屋さん→吉野にはない服屋で、なおかつ品物が多すぎない(多いと選べない)友きち行きつけの服屋さん→31のアイスクリーム→右折したかった所で車線に入り損ねたのでにホームセンターで犬や猫を見て(私と子供たちは飼いたくて仕方がないので、チャンスを伺ってる)一路吉野へ。

御所で、ちーやんと懐かしい町並みを歩いていたら、
幼い頃の自分が一緒にいるようで。

ここで、こんなことした
ここに、こんなのがあった、などと、気づいたらちーやんにしゃべりまくってた。

御所の街中は、京都と同じで碁盤の目のようになっていて、どこからでもつながっているのです。

霜月祭のすばらしいところは、
御所の街中すべてが会場、と言うところだと思う。

どこを歩いても、休憩所があって、何か食べるものや小物が買える。
お店だけでなく、普通のお家の駐車場がお店になっている、そういう所がいいと思う。

自分の住む町の良さは、住んでいると見えなくなるもの。

この日だけは、と、近所の人たちが集まって、商工会の人たち、街づくり団体の人たちが集まって、あちこちでそんな場を作れば、あたたかい、土地柄の詰まった物が並び、空間が生まれる。

住む人も、訪れる人も、御所と言う町のよさをあらためて認識できて、ほんとにいい。

小学校の子供たちの作った作品が飾られていたりして、子供たちにとっても、自分の住む町を楽しみながら知れる、とてもいい催しだと思う。
今年で10年目だそうだけど、年々、着実に広がりを見せていてほんとにいい!!!

私がここ最近思いつづけていたのは、こういう、誰かが、ではなく、そこに住む誰もが関われるようなもの。

そして、そこに他所からの風が入ってこれて、つながり、広がっていくものがいい

どこかでふさがるものでなく、どこまでも風通しのいい、特別作るのでなく、
すでにあるもののよさを再確認できるような

吉野なら、観光地だけならず、吉野町中を町バスが走って自由に乗ったり、降りたりできるのがいい。
島もそうだったけど、愛媛にしろ、路線バス(ちんちん電車)や、バスの値段がそれはそれは安いもの。

ピンポイントだけの観光でなく、他にこんな見所もあるんだよ~
というのがわかれば、連泊だって増えるだろうし、空いてる施設を簡易の宿泊所にしたら、家族連れにもリーズナブルで、町内の雇用だって増えるかも。

せっかくの木の町なんだから
すばらしい職人さんがたくさんいるんだから、
どんどん、外に向けて発信、開放していけばいいのになぁ

少し前の新聞に、和歌山の山で、小学校の修学旅行で間伐体験ができる、というのが載ってたの。

荒れた山だらけなんだから、できるなら、可能なら、間伐したい人と、山の手入れをして欲しい人の需要と供給が重なって、そこに山行きさんや行政、森林に関わる団体さんが間に入ってくれて、「ありがとう」が循環しあえるようになればなぁ

杉や檜が、どんなに手をかけられて育ってきているかをもっと、もっと知ってもらえたら、今は、木材関係の仕事が低迷してるけど、欲しい人、関わりたい人は実際、いるんだもの、
もっと、もっといい形にできる可能性がある気がして仕方がない。

吉野は、どこに行っても、それぞれに見所がある。
私の住む色生は、吉野の中では地味で、何もないところだと言われているけれど、昔は真っ赤な太鼓橋がかかっていた場所やら、樹齢何百年の木々に囲まれ守られているかのような将軍神社があって、その前には北原白秋の句碑もあるのだ。
(何の説明書きもないから、絶対わからないと思うけど)

津風呂湖の方まで足を伸ばせば、亀に乗ったお地蔵さんがあったり、国栖の里を見下ろす景色もさることながら、紅葉がすばらしい。

そんな、あちこちに残るよさを、知ってほしいなぁ

知ってもらえるようなものを育てたい、
ひしひしと、そんなことを考えた。

護摩木法要は、
実家の店先で、おもしろさを熱く語っていたら、見たことのなかった兄がその気になって、一緒に行った。

茅原のとんどの山伏見て育ちましたから、
御所に生まれた血が騒ぐ、ってやつですか?(笑)

兄が私が学生の頃に買ってくれた小さな自転車(いまだ現役)必死でこぐ後ろから、兄が合わせてついて来てくれて。

小学校の頃ね、
よく、兄とこんな風に並んで高田まで自転車で行ったんだよね。
結構な距離を、よく自転車で行ったもんだ、と思うんだけど、いい思い出。(母は知らない)

何回見ても、護摩木の法要はおもしろい!!!

護摩木の作法に関わる人は、
最初に山伏問答というのがあって、
それに応えて、やっと中に入れてもらえる。

そして、弓の作法、剣の作法、斧の作法などで、場所の清め、煩悩の断ち切り、感謝をあらわし、火をつける

弓は、東西南北、中央、鬼門に向けて放つんだけど、これが大好きで、

火がつき始めると、煙がもうもうと立ち始めるんだけど、その煙が
生き物みたいなの。

龍に見えるんだなぁ。

説明されてるのを聞いて初めて知ったのだけど、山伏さんにも、真言宗と天台宗と、二つの宗派があるんだってね。
驚いた~~

吉祥草寺は天台宗系で、京都の聖護院で修行されている山伏の方が来られていたのだとか。

吉野山は、真言宗系だったと記憶する。
だけど、護摩木のとき見た作法は同じように思たのだけど、違ったりするのかなぁ。

何にせよ、
いいものを見せてもらいました。

♪葛城川の~堤花咲き(小学校は、かつ~~らぎがわを~~で始まる。後、忘れた…)
降るご~とき光る~
学び舎の庭~

美しき日よ~
白き砂金よ~
尽きぬ幸い~
今を恵みと~

なんとか
なんとか
若人われら

なんとか
なんとか
なんとか なんとか

われら、ほまれある
御所中学校~~

葛城山を見るとうろ覚えだけどつい口ずさんでいるのであ~る。

(なんとかは、忘れた・・・)